日本のエネルギー自立への道

桐生 悠一
[離島地下原子力資料2]
2015/9/26  桐生悠一

来るべき原子力水素社会の展望




2011 年 3 月 11 日の福島原発の 1~4 号炉の過酷事故は日本にとって痛恨の出来事であった。当初全ての原子炉のスクランブルに成功したとの第一報に接し、これで日本の原子炉技術の安全性が世界中に知られ、世界の原発の主要供給者としての地歩を固めたとの勝利感はほどなく巨大津波による冠水、全電源喪失という悲惨な二幕目を迎え、運転中の 1~3 号機のメルトダウンは勿論、停止中の筈の 4 号機建屋までが水素爆発するという信じられない事態へと発展した。5 号機、6 号機も事情は似たものだったが、1組の予備電源の設置場所を高い位置に選んだ深慮が効を奏し、2 機の原子炉のクーリングダウンに成功した。
だが、福島原発の近くにあった運転中の女川原発は高台に立地しており、計画通りに安全に自動停止している。東電は福島原発の宣伝資料に「福島原発は海抜が低い位置に設置しており、冷却水の循環に必要なエネルギーを小さくしており、発電効率が高い」と女川原発を貶めるような記事を掲載している。そのツケが今 回の過酷事故となっている。女川原発は東北電力の先見性ある幹部が津波の危険を想定して 14mの高台に立地していた。この深慮が活き、東日本大震災の9mの津波にも影響を受けず、安全に自然停止できている。高効率を取った東京電力、安全を取った東北電力。最後は経営判断になるが、東北電力のリスクマネジメントが図らずも見事に輝いた瞬間であった。東北地方の過去の大津波の規模が恐るべき規模であったことは事件の数年前に研究者たちが公表して注意を促しており、後知恵ではあるが急いで電気系統の冠水防止工事は できたと思われる。営々と積み上げた原子力を主幹エネルギーにしたいという国家政策を台無しにする大事故を生んだ東京電力の無作為が悔やまれる。
過酷事故の後に起きた事態は酷かった。多くの避難住民は大きく人生を狂わされた。誰もその損失を償うことはできない。東京都ですら日々の大気中放射能の発表に一喜一憂し、残留放射能が規定値を超えた下水処理場の余剰汚泥や剪定枝の焼却灰の捨て場に困った時期が長期間続いた。我々は住民が居住する地域では、原子力発電所を建設してはいけないという手痛い教訓を得た。
一方で、同じ条件の 5、6 号機や女川原子力発電所の事例は、我々は安全な原子力発電所を持つことができることを実証したと言える。各原子力発電所の安全性確保のための改造工事と、原子力規制委員会の審査が原子力発電の安全性を担保する態勢を執った日本の動きは、原子力は注意深く使えば人類のエネルギー問題解決と温暖化ガス低減対策の切り札になり得るとの国民的コンセンサスが形成されているからと言える。
これは福島原発の過酷事故を見て原子力からの撤退と自然エネルギー重視へ大きく舵を切ったドイツと、日本では全く異なった国家方針を執ったことを意味する。この重要な国策の判断結果は何れ答が出る。しかしながら、現時点で原子力発電所を新設しようと提案しても、僅か 4 年前に過酷事故の恐るべき被害に接した日本国民を素直に納得させられる筈がない。それでも筆者は、自国で過酷事故を起こしながらも、なおドイツと真逆な国策を執る日本にこそ、未来に大きなチャンスがあると信じる。 これは人類のエネルギー問題解決の最終回答・原子力水素社会の提案である。


1.原子力水素プラントは実現可能か

原子力水素プラントとは「離島*地下*原子力発電*電気分解法による水素製造*船舶輸送*その場埋設最終処分」を要素とする水素社会の供給側インフラである。 (「日本のエネルギー自立への道」参照) 筆者は原子力水素プラントが日本で実現可能であると主張している。
どのような根拠でそのように主張するか、以下に論点を記述した。ご照査いただきたい。


(1)離島に原子力発電所を設ける可能性

原子力発電所の立地が人跡稀な僻地であれば、立地の買収、周辺自治体に対する各種補償金交付、住民説明会、避難計画立案実行と言った住民に対する働きかけは必要なくなる。所謂本土にはそのような立地はない。六千以上の離島があるとはいえ、例えば 30~80km 圏内に集落がない離島はそれほど多数ある訳ではない。だが、少子高齢化と過疎化が進む日本の人口趨勢から、これに近い条件の離島は幾つか存在する。国家防衛上の観点から、国家が積極的に離島の所有権を購入して国有化を図り、港湾を建設整備して防衛能力強化を図りつつある実態もある。日本の EEZ は世界6位の広さを有する。その中にこのような条件に適合する離島は存在し、今後は数を増して行く筈である。
大陸国家では難しいが、海洋国家である日本では離島に原子力発電所を設けることは可能と思われる。
離島


(2)地下原子力発電所とする必要性

離島でも地上建屋方式の原子力発電所であれば、万一の過酷事故では放射性物質が空中に飛散し、太平洋に落ちて深刻な海洋汚染を引き起こし、被害範囲は自国内に留まらない。このようなチェルノブイリ型広域放射能汚染事故は絶対に引き起こしてはならない。
現在、「地下式原子力発電所政策推進議員連盟」に 20 名近い超党派の国会議員が名を連ねている。彼等は福島第一原発のような過酷事故が仮に発生しても、適正に建造された地下原子力発電所であれば、放射性物質の発生は地下空間に限定されて外部には飛散することはないと確信を以て発言している。
地下に原子炉と周辺機器を設置するにはそれなりの大きい地下空間を必要とする。地下空間構造体は強度の問題があって、余り巨大にすることはできない。 限られた空間であっても、原子炉を設置運転できることは原子力空母や原子力潜水艦で実証されている 。原子炉の電気出力は大きいが体積には厳しい制限がある場合は、原子力空母や原子力潜水艦で実証されている重水型の加圧水加圧水型原子炉(PWR,下図)が好適である。
電気出力の用途は水電気分解による水素製造であり、その過程で安価に必要なだけの原子炉用の重水が得られる。
加圧水型原子炉


(3)水素を製造し、船舶で運搬することの意義

船舶による水素の輸送形態には ➀低温液化、➁MCH( メチル・シクロ・ヘキサン )化の 2 方式がある。何れも常温水素ガスのおよそ 500 分の 1 の容積となる。両方式の輸送船とも日本の事業者が最高の技術と実積を有する。
海上自衛隊により防衛上の必要性から、主要な離島に艦艇が停泊できる港湾を建設する計画がある。 艦艇より吃水がやや深い水素輸送船の停泊も可能とする仕様の港湾を建設しておきたい。
離島も本土までの航路も全て日本の領海内である。水素が石油や石炭に置き換わる完全水素社会が完成したら、エネルギーの生産も輸送も全て自国の領海内で完結する国家が出現することになる。
このことが持つ地政学的意義は非常に大きい。➀政情不安定な中東地域に石油を求めに行く必要が無くなる、➁中国が強引な勢力拡張を図る南シナ海をエネルギー輸送航路としなくて済む。
なお、重量当たり発熱量は水素 141MJ/kg、天然ガス(LNG)38MJ/kg であり、同じトン数のタンカーで水素は天然ガスの3.7倍のエネルギーを輸送でき、輸送効率が驚異的に向上する。
タンカー


(4)その場埋設最終処分の意義

原子炉がその使命を終えた時、残留放射能が高い原子炉構造体等は解体して最終処分場に搬入、永久保存されることになっている。このスキームは日本には現時点では最終処分場が無いため、絵に描いた餅である。日本では商用原子炉の解体の実績もないが、福島原発事故を通じて巨額の費用と長大な工数を 要するらしいことが広く知られるようになった。
原子力発電の費用分析の中に、地元自治体等への補償費用等や中間処分、最終処分の費用が含まれていないことも、意図的に原子力発電のコストを低く見せるアンフェアな作為として問題視されている。離島地下原子力発電所には、それらの埋没費用は必要でない。通常の建屋方式に較べて 1.2~1.5 倍の費用を要すると見積もられている地下空間構造体の建設には高度の技術を要するであろう。しかし、これは日本の建設事業者の得意分野であり、規格化した原子力発電所を多数建設するフェーズに入れば、建 設作業の機械化・自動化、習熟による建設期間の短縮と建設費の大幅な低減が可能な分野である。
強固な岩盤中の地下空間は、使命を終えた原子炉の永遠の憩いの場所に相応しい。ここでは原子炉の解体、移動が一切発生しない。中間処分・最終処分に特別なサイトを要しないためのコスト低減効果は大きい。一切が終わった段階で、地下空間構造体に出入りするトンネルを埋戻し・閉鎖することで、この原子力発電所は社会から存在を消す。
地上は何ら被爆の危険性はない。防衛・電力多消費産業の工場等の目的に利用することができる。




2.原子力水素の競争力


化石燃料は1次エネルギー、水素や電力は1次エネルギーを加工して作り出す2次エネルギーである。 2次エネルギーは加工プロセスを経ているため、エネルギー効率が1次エネルギーより劣るのは自然の摂理である。コスト面で原子力水素を既存の化石燃料と比較する場合の指標は何になるであろうか。
筆者は生産・消費構造に共通点が多い天然ガスと原子力水素を比較対照したい。
➀共に低温液化した液体燃料である
➁遠隔地から専用タンカーで需要地まで輸送してくる
➂両者はコ スト面の競走相手となり得る。
下表は比較対照のために 2014 年エネルギー白書より引用した。
エネルギー関連表
上表によると、エネルギー消費で圧倒的に大きいのは電力輸送用燃料である。輸送用燃料の大部分は 自動車用燃料である。 この2大分野で天然ガスと原子力水素のエネルギー効率(原産地から需要家が利用 するまでの総合効率)を比較対照してみよう。常圧の天然ガスと水素ガスからスタートしよう。参考までに水素の場合、原子力発電から得た電力を水電気分解するプロセスの効率は本田技研の 95.1%がある。




(1)輸送分野(自動車)

天然ガスも原子力水素も積出港近傍で ➀圧縮・冷却して液化する、➁専用タンカーで需要地近くの港まで輸送する、➂高圧ガスの形で自動車に積み込む、までは同じ構造なので、ガスから自動車の駆動力に変換する効率が総合効率を支配する。
天然ガスは内燃機関で回転力とするが、この効率は 20~30%、燃料電池は固体高分子型(PEFC)で 30-40%、電力から電動機で駆動力にするまでの効率は 90%程度の高効率である。内燃機関は 1862 年のオットーによる4サイクルエンジンの開発より 150 年を経て成熟技術となり、伸び代は少ない。燃料電池は実用化が始まる黎明期にあるが、固体酸化物型(SOFC)は既に 50~70%の効率を出している。
輸送分野では、エネルギー効率において天然ガスより水素ガスが圧倒的に優位である。
天然ガスは燃焼後に温暖化ガスを排出するが、水素は水を排出する。

更に比較するならコストの問題になる。化石燃料は短期間で価格が倍半分に変動する極めて恣意的なエネルギーであり、原子力は設備償却費で殆ど決まる価格硬直性が高いエネルギーである。


(2)電力分野

離島地下原子力発電所で発電した電力で水素を製造し、海上を輸送して需要地で陸揚げして電力に戻す迂遠なプロセスなので、本土の原子力発電所で発電した電力とのコスト比較には無理がある。ここは無理を承知で比較してみよう。
➀ 電力から水電気分解・水素液化までの総合効率を 85%、燃料電池の効率を 75%、輸送・送電等の効率を 90%とすると、近距離の需要家までの総合効率は 57%となる。
➁ 本土の原子力発電所から遠隔地の需要家までの送電効率は 90%としよう。90/57≒1.6 となる。

エネルギー効率面で本土の原子力発電所は離島の原子力水素による電力より1.6倍有利である。
但し、現在は本土では新設の原子力発電所は建設困難であるが、離島でなら可能である。 離島の地下原子力発電所は国民に不安をあたえることなく、住民説得等に必要な活動や交付金等が不要となる。
離島の地下原子力発電所は廃炉の最終処分費用が殆どかからない。 最終処分場も不要である。




3.温暖化対策と供給の安定性を考える


原子力発電の電力単価は約 10 円/kWh であるが、筆者は原子力水素による電力単価は 15 円/kWh 以下になし得ると考えている。この原子力水素は
温暖化ガスを排出しない。(世界からクリーンエネルギーとして高く評価される)
➁ 自国内で生産するので、供給安定性が優れている。(地政学的な優位性が高まる)
活動開始すれば、価格は常に一定である。(価格硬直性は良い時と悪い時がある)
温暖化ガスの増加に伴う気象現象の激変は、人類を破局に導きつつあるとの認識が、米国、中国の行動にも現れつつある。日本にとっても、この問題は今後一層重要性を増すに違いない。
如何に低廉な価格で原子力水素を利用できるかが、日本にとって死活的に重要な問題となるのではなかろうか。


4.需要地は何を準備せねばならぬか


輸送分野:既に自動車産業ではトヨタ、日産、ホンダ等は水素社会に向けて走り出している。特にトヨタの FCV 関係知財の無償開放は快挙である。政府も各種の支援政策を実施中で、東京都は 2020 年を水素社会日本を世界に見せる好機としている。水素供給側もカーメーカーに平仄に合わせて行動開始した。輸送分野は水素社会日本のショウウインドウの役割を充分に務めており、事態は理想的な展開を示している。
電力分野:原子力水素は水素タンカーにより大需要地の近傍の港湾に陸揚げされ、燃料電池ステーションや水素燃焼火力発電所で電力に変換され、既存の配電網によって消費者の手許に届けられる。これは分散型電力供給システムである。水素社会では日本を縦断する大規模送電系統や 50/60Hz 周波数変換所の強化などが必要なくなる。家庭用太陽光発電はこの分散システムを補強する立場にあり親和性が高いが、遠隔地に設置されたメガソーラー発電所や風力発電所は水素社会との親和性が乏しい。これらの変動著しい電力との整合性に課題がある。
その他の分野:例えば製鉄業。石炭を酸化鉄の還元剤としているために温暖化ガスの大量排出者である。温暖化ガス排出が絶対悪と見なされる時が迫っている。水素による酸化鉄の還元も選択肢に入れることになろう。電炉のような電力多消費型産業は極限まで省人化・自動化した上で、思い切って原子力発電所がある離島に立地することも選択肢となり得る。


5.離島地下原子力水素製造プラントはどのようになるか


(1)長期的には一個所の離島当たりの原子力発電所の総出力は大きくしたい。例えば単機 100 万 kW を計20 基で総出力 2000 万 kW とするプラントを次章で評価しよう。
(2)効率化のため単機容量を上げたいことと、地下空間構造体を大型化することによる困難性・危険性とのバランスが重要である。今のところ、最適解は不明。
(3)生産方式としては、実績を重ねて性質が良く知られている PWR の電力による水電気電解法を採用したい。プラントの性格上、潤沢に入手できる重水を減速材に利用できる。他にも水蒸気電気分解法、熱化学分解法、ハイブリッド法、水蒸気改質法などがあり、それらはエネルギー効率に優れているが、当面は別途研究開発を重ねて、信頼性が確認されるまで実用化を控えたい。
(4)規格化された発電ユニットを量産することにより、 Experience Curve (習熟曲線)理論に従って累積生産台数が2倍になるごとに、1ユニット当たりのコストは約 70%に低減する製造業の経験則が実現しよう。普及期に入れば、設計合理化と量産効果で出力当たりのコストは現在の原子炉の 50%以下になると推定され、原子力水素による電力費が現在の原子力発電所の電力費と同程度になっているであろう。メンテナンスの効率化と原価低減のために、同じサイトに設置される発電ユニットは全て同じ設計モデルにしたい
(5)各発電ユニットは高信頼性 AI 制御システムにより、完全無人運転とする。プラントの隅々にまで各種センサー類を配備して人間による点検作業を無くし、非常事態への対応も AI 制御システムが全て行う。防爆ドアを閉鎖したら、発電ユニットは完全自動で運転に入る。メンテナンス時以外は人間が立ち入ることも、監視することも必要ない自律システムとする。
チェルノブイリとスリーマイル島の過酷事故の主因はヒューマンエラーであった。制御には人間が関わらない方が安全性は高くなる。 Industry 4.0 の時代である。 原子炉の安全な無人運転の時代は既に来ている
(6)各発電ユニットの制御システムは独立系として、インターネットからの乗っ取りを完全に防遏したい。 一旦自律運転に入ったら、人間は外部から各種のデータを見ることはできるが、鉄道の閉塞タブレットのような機械的な認証システムによる介入以外の方法では、発電ユニットを操作できない安全管理システムとしたい。(社会インフラを狙ったサイバー攻撃対策)
(7)国家として重要性が高いこの離島は自衛隊が駐屯して防衛に当たることになろう。このプラントは運転・停止の指示を受け取り、水素を製造するだけの単純なシステムである。 現地では計測データの監視(本土の本部ではビッグデータ蒐集のために必要とする)も、操作員も不要。 メンテナンス要員は必要である。防衛とプラント運転は自衛隊が兼務可能と思われる。このプラントを自衛隊の管轄下におき、国営とすることも一つの選択肢である。


6.離島地下原子力水素製造プラントの数量的評価


前章に挙げた単機 100 万 kW を 20 基で総出力2000万 kWを一つの離島でのモデルプラントとしよう。 現在停止中の日本の原発は 40 数基、最近建設される原発の単機出力は約 150 万 kW 級であることから、このモデルプラントの規模をイメージしていただけると思う。
このようなプラントを何ヶ所建設すれば、日本のエネルギー自給率がどの程度になるかを試算し、それが実 施された場合の社会に対する影響を推定してみよう。以下はその数量的評価である。
このモデルプラントの年間エネルギー生産量は 630×10 15 J ( 1W 秒=1J、1kWh=3.6×10 6 J、2000 万 kWh=7.2×10 13 J、2000 万 kWh×8760h/年=630×10 15 J/年 )である。
水素の発熱量は 141MJ/kg、水電気分解・水素液化等の総合効率を 85%とすれば 166MJ/kg であるから、 630×10 15 J/年の原子力電力から、重量で 380 万トン/年( 1.04 万トン/日、水所要量 9.4 万トン/日 )、エネルギーで 536×10 15 J/年の水素を産出することができる。


(1)6000万 kW級の原子力水素の場合 ( モデルプラント 3 ヶ所相当 )


2014 年度の「エネルギー白書」によれば、2011 年度の輸送用燃料は 3,318×10 15 J であった。自動車は内燃機関で駆動される。そのエネルギー効率を 25%としよう。FCV の燃料電池の効率を 50%としよう。
自動車が全部 FCV 化した場合の必要エネルギーは 3,318×10 15 J の半分の 1,659×10 15 J となる。 上記プラントの 3 ヶ所分なら 1,608×10 15 J と輸送用水素にほぼ見合う原子力水素を供給できる。 単機 100 万 kW を 60 基で総出力 6000 万 kW は現在停止中の原発の総出力に近いが、この規模の原発を建造することは日本の国力なら可能である。
更に自動車の平均車齢は乗用車約 8 年間、業務用車約 11 年間と短い。FCV 化が本格化すれば、この程度の時間スケールで自動車用燃料が化石燃料から水素に切り替わると考えられる。 現在の輸入化石燃料の約半分が輸送用燃料であり、積極的に原子力水素化と FCV 化を推進すれば、10 数年のスパンで輸入化石燃料を半減させることが可能である。


(2)2億4000万 kW級の原子力水素の場合 ( モデルプラント 12 ヶ所相当 )

2011 年度の電力は 3,363×10 15 J であった。2 章に「エネルギー効率面では本土の原子力発電所は離島の原子力水素よる電力より 1.6 倍有利である」と記した。これは本土では原子力発電所が産出する電力をそのまま使用できるのに、離島からは 電力⇒水素⇒電力 と二度も変換が必要なための損失が大きいためである。
原子力発電が可能なら、需要地に近い本土内で行うのが本筋である。
しかしながら、福島第一原発の過酷事故の記憶が鮮烈な現在は勿論、向こう 20 年間ほどは本土内での原発新設は相当な困難が伴うであろう。
ここに挙げた 2 億 4000 万 kW 級の原子力水素とは、輸送用燃料全量に代替する 6000 万 kW 級の原子力水素と、離島で生産された電力用の 1 億 8000 万 kW 級の原子力水素である。後者は 1.6 で除してほぼ 1.1 億 kW になる。日本の年間平均電力は約 1.5 億 kW であり、不足分は水力と自然エネルギーで埋める計画が成立する。こうなれば、日本のエネルギー自給率は 100%になる
筆者は離島地下原子力水素プラントは環境保護団体等の反対者はいるにしても、直接利害関係を持つ住民が存在しないから、建設稼働可能であろうと考える。
また、輸送用燃料が水素にシフトして行く過程で、離島地下原子力水素は有用だと考える。貴重な本土の電力で水素を生産することは、離島地下原子力水素が可能ならやってはならない。原子力水素は離島で生産しても、本土で生産しても同じ電力を要するからである。
離島地下原子力水素の安全性の実績が積み重なれば、何れ本土でも地下原子力発電所が受け入れられる時期が来ると筆者は期待する。電力用にはエネルギー効率上も、その方が望ましい。

エネルギーのパラダイムチェンジ(シェア 5%⇒50%:薪⇒石炭⇒石油) には平均して各 50 年間を要した歴史がある。社会のインフラであるエネルギーは、長期的に計画的に取り組むべき課題なのである。


7.エネルギー自立による地政学的効果


日本の主力エネルギーが石炭であった時代には、日本はエネルギー自立を実現していた。太平洋戦争後、世界が安価な石油時代に入ってからは日本も石炭から離れ、辛うじて水力発電等で自給率 6%というエネルギー安全保障上、極めて脆弱な体質になって久しい。 石油の最大の輸入先は政情が不安定な中東であり、延々 1.2 万 km を超える距離をタンカーで石油を輸送している。一旦事あればその航路は使えなくなり、日本はエネルギー危機に曝される。この脆弱な体質を改善するには、それなりの時間が必要である。
6000 万 kW 級の原子力水素供給体制を構築すれば、自然エネルギーまで入れてエネルギー自給率が 50%台に上がったと等しい効果が出る。それに必要な時間は 10 数年間になろう。
2 億 4000 万 kW 級の原子力水素供給体制が構築できるか、 6000 万 kW 級の輸送燃料向け原子力水素供給体制プラス本土で 1.1 億 kW の原子力発電体制が構築できた時、日本は必要なエネルギーを全量自給できるようになる。
6000 万 kW 級の原子力水素は日本の領土で生産し、日本の領海を通って本土に輸送される
もはや中東の石油を必要とせず、安全保障上の多くの制約から解放される。この時、始めて日本はエネルギー自立が達成できたことになる。


8.産業上の効果


6000 万 kW 級の原子力水素プラントは、原子力発電所約 60 基とその周辺施設(原水供給設備、水電気分解設備、水素液化設備、水素貯蔵設備、港湾設備等々)を含む大規模インフラである。総工期 10 年間として計画生産する場合、関連産業には景気変動に影響を受けない安定需要が生じる。このインフラ投資は、この期間中の日本の経済活動を活性化し、国家運営を安定化する優れた効果が期待できる。
原子力発電を必要とするのは、新興国の多くも同じである。彼等は安全上の不安があっても原子力発電を導入する決意をしている。日本が本質安全に近い離島地下原子力発電に成功すれば、条件が満たせる新興諸国にインフラ輸出をする機会も増える。原子力先進国としての日本の地位向上が実現すると考えられる。


9.ま と め


(1)離島地下原子力水素製造プラントは日本の現有技術力でリーズナブルな価格で建造可能である。
(2)輸送分野ではFCVまで含めた総合エネルギー効率で既に原子力水素は天然ガスに勝っている。
輸送分野から原子力水素に切り替えることで、日本の化石燃料輸入量を約1/3削減できる。
(3)原子力水素は水を排出し、化石燃料は温暖化ガスを排出する。
原子力水素は究極のクリーンエネルギーである。時期が来れば、必ず必要となる。
(4)原子力水素製造プラントはAIによる自律無人運転が可能である。この場合は監視と離島防衛は兼務可能である。
(5)30年間を与えられるならば、日本は化石燃料から決別してエネルギー自立を達成し、温暖化ガス排出ゼロを実現することができる。
(6)計画的な水素社会インフラ建設は、長期にわたり日本の経済を活性化し、政治的安定をもたらす。